未来のかけらを探して

一章・ウォンテッド・オブ・ジュエル
―10話・一体成形―



小一時間ほど続いた破壊の音色は、もうじき終曲の気配を見せ始めていた。
テンポも最初に比べるとずいぶん落ち、間延びしきった感を漂わせる。
それに合わせてボリュームも下がっていき、最後にピーンと甲高い音がして曲を締めくくった。
「う゛〜、づ〜が〜れ゛〜だぁ゛〜……。」
相当のどを痛めたらしく、エルンはゲフンとずいぶん親父臭い咳払いしている。
気がつけば、瘴気も薄くなっていた。
それを撒いた張本人が、気絶して白目をむいているせいだろうか。とりあえず幸いな事だ。
ゲホンゲホンと咳払いをする音が聞こえる他は、しばらく静寂が続く。
「お゛い゛……このくそガキ……!!」
先日とはまた違った意味で、地を這うような低い声が聞こえる。
小一時間も音の拷問を受けていたのに、まだかろうじて意識があったらしい。
ある意味白魔道士並みの精神力だ。
「ところで……こいつは?」
白目をむいたまま浮遊しているファルツィ・オーン。
現れたときの威圧感はどこへやら、実に無様なさまをさらしている。
「このままやっつけたほうがいいのかなあ……。
でも、それもなんだかねー……。」
一応、降参すればよほどのことでない限り、
とどめは差さないのが一般的な動物の喧嘩の掟だ。
とはいえ今回は戦闘、つまり殺し合い。
よってとどめは差すべきだが、ギャアともグェともいえない相手を叩くのもいまいちだ。
だがそんな御託以前に、こちらは疲れてやる気がしないというのが一番近い気がする。
「じゃあさ〜、なんか使ってみれバ?う゛〜、頭痛いヨ〜。」
パササの案が一番楽そうだ。
それを聞いて、意識だけはさっきから戻っていたプーレが、
おぼつかない手つきで袋の中をがさごそ漁りはじめた。
「エルン〜……今使えるのはこんなのしかないけどいい?」
「うん、ちょうだ〜い。」
疲労困憊しきったプーレの代わりに、エルンがぽいっと魔法の珠を投げる。
魔法が発動し、ファルツィ・オーンの姿はいずこかへと消え去った。
根本的な解決にはなっていないが、
とりあえず一難去ったという事にしておくことにする。
(あいつもダメージでかいだろうし、当分は来ないよな……。)
しかしどうも何か背後がきな臭いな、とロビンは胸中でつぶやいた。


それから改めて聖水を取りに行き、
儀式を執り行った聖水を使っても男性達の症状は一向に治まらない。
むしろ、ますますひどくなっている。
「導師様、このままでは……。」
看護に当たっている白魔道士の一人が懸念の声を上げた。
絶望的な状況に陥り、不安になっている目だ。
「ええ、わかっております。」
導師は、案外落ち着いた様子だ。
こうなる事を見越していたのだろうか。
「あの魔物の呪いを解くためには、もうこの手しかありません。」
呪いをかけた弟・ヒルフォーン。瘴気を撒き散らした兄・ファルツィ・オーン。
特にファルツィ・オーンが撒き散らした瘴気の影響は深刻だ。
聖水で解けないとすれば、どうするつもりだのだろう。
「ミルザ。ミシディアに居るあなたのおばあ様の元に行きなさい。
あの方ならば、きっと『光の瞬き』を持っているはずです。」
導師は意外にも、そばに控えている大人の白魔道士たちではなく、
まだ見習いのミルザを指名した。
「光の……瞬き?それを、私が?」
ミルザは目を瞬かせ、呆けたように聞き返す。
「それが、呪いを解いてくれるんですか?」
「ええ……正確には、あらゆる穢れを浄化するといわれる物ですけれど。
光の精霊が生み出すといわれていて、
この世界には片手で数えるほどしか存在しない貴重品なのですよ。
あれさえあれば、この呪いは簡単に解けるでしょう。」
あらゆる穢れを浄化するなど、これはまた聞くだけでもすごいアイテムだ。
確かにこれなら、ファルツィ・オーンが撒き散らした瘴気も浄化できそうである。
「ねーねー、だったらなんで最初っからそっちをもらいに行かなかったの?」
「あのな、最初はそれを使わなくても解けると思ったから、
この人たちは取りに行かなかったんだよ。」
ガキのこういうところが鈍ちんで困るんだよな。
と、ロビンはこっそり心の中でつぶやく。
「そういうものなのぉ?」
「(誰だって、簡単な方で出来そうならそっちを選ぶからね。
それに、ここからミシディアまで取りに行くのには時間がかかるんだよ。
地図を見れば分かるよね?)」
「どれどれ〜?あ、ホンとダ。」
ミスリル諸島でも南の方ならばともかく、この辺りからだとかなり遠い。
航海経験が無いためそのあたりの詳しい事情は分からないが、
それでも一応遠いと分かった。
「そーだ、ミシディアといえばあのおねーちゃん。」
「え、シェリルお姉さん?でも、あの洞窟ってミシディアなのかな……。」
ぽやんと頭の中に浮かぶのは、暗い洞窟でいい物をくれたシェリルの顔。
思い出したら、もらったお菓子のおいしさまで思い出してしまった。
また行ってみたくなる。
「え〜、あの変な一つ目にワープさせられたからわかんないよ〜。」
変な一つ目とは、シェリルの使い魔のメドーの事だが、
名前なんかエルンにはどうでもいいらしい。
「あのー……何の話?」
ミルザが困った様子で口を挟む。
いきなり内輪ネタに走られたから、話が分からないのだろう。
『こっちの話〜。』
すっかり横道にそれた3人を見て、くろっちが苦笑する。
―ま、この年頃の子はそんなものだね。
とはいえ、今は無駄話をする時間ではないことはくろっちも知っている。
これからも人間と関わりになる以上、ちゃんと注意しておいた方がこの子達のためだ。
「(ほらほら、ミルザちゃんが困っているだろう?
ちゃんと導師のおばあさんの話を聞かなきゃだめだよ。
静かにしてくれないかな?)」
諭すようにたしなめると、3人はピタリと話をやめた。
今日は聞き訳が良くて助かると、くろっちは素直に安堵した。
もし彼を怒らせたら、ロビンの二の舞になるかも知れないと思われているとは、
当然本人は思いもしない。
「それで、そこまでの移動は船ですか?」
くろっちに心の中で感謝してから、ロビンは念押しするような声で導師に質問した。
「ええ。ここは海からあまり離れておりませんから、
小さいですが船着場もあります。そこまで行けば、船がありますから。」
「ここは元々ミシディアと交友がありますから、
時々は依頼探しや買い物目的でミシディアまで船を出しているんです。
もっとも、今は男の方達があの通りですから……。」
今も大部屋で、苦しそうに寝込んでいる村の男たち。
そんな状態では船を出せるわけがない。
だからといって、女性の細腕だけで船を出すのも無理である。
そういうことだろう。
「ちょっと待って下さいよ。
こっからミシディアにいけるような船を、今動けるメンバーだけで出せるんですか?」
ミスリルの村とレムレース村があるこの島々から、ミシディア大陸の港まではかなり距離がある。
おまけに、陸沿いに行っても波が荒い。
と、いう事は小船では到底行けないと言う事だ。
それなりに大きな船でないと、途中で魚のエサになるのがオチである。
そんな船が、この状況で出せるのだろうか。
「ご心配は要りません。今回用いる私達の船は、特別ですから――。」
にっこり笑った導師の顔は、自信に満ち溢れている。
その笑顔の意味が分からず、プーレ達はきょとんとしていた。




「あ〜あ、見れば見るほど変な船だよな〜……言った先でなに言われるんだか。」
船べりで頬杖をついて空を眺めながら、ロビンはつぶやいた。
何のことは無い。船は船でも、海をすべるように進むそれは、
水の六宝珠・サファイアが作り出した氷の船だ。
もちろんそのままでは猛烈に寒いし、
当たり前だが見かけ上は動力も無いので大海は進めない。
だから、導師たちも今までは決して使おうとしていなかったのだ。
それではこのパーティーがどうしているのかというと、
六宝珠が特殊な力を行使したからだ。
彼らの説明によれば、エメラルドが甲板に外界の影響を受けなくする結界を張り、
ルビーはその結界の中で船全体の温度管理を行う。
そして、サファイアが水を操り海水の抵抗をなくすという具合にだ。
肝心の動力も、サファイアが一時的かつ局地的に海流の勢いと方向を調節して行っている。
人さえ乗せずに済むのなら、こんな面倒くさい事はしなくてもいいのだろうが。
「それにしても、導師様たちが家宝の本当の姿をご存知だったなんて……。」
ミルザは、船に乗ってからずっと複雑な顔をしている。
「(それは僕達も……とと、人間相手じゃ僕の言葉は伝わらないんだった。
全く、人語が喋れないのは不便だね。)」
主人が持つ特殊能力の恩恵のために、
ついついくろっちはミルザにいつもの調子で話しかけそうになった。
ふうっと深いため息をつく。
「ねえ、くろっちお兄ちゃん。」
「(ん?どうしたんだい、プーレ。)」
いつの間にか足元に立っていたプーレに声をかけられ、くろっちは首を下に傾ける。
「今思ったんだけど、くろっちお兄ちゃんってぼくのお兄ちゃんにちょっとにてるね。」
もしかして変なこと言ったかな?
と思って少しどきどきしているプーレを見て、くろっちは子供らしいなあと思って目を細める。
「(え、そうなのかい?へぇ……それは初耳だね。
そうだ、折角だしプーレのお兄さんについて教えてもらってもいいかな?)」
プーレに兄がいるという話は他の仲間から聞いた事がある。
同じパーティーとして、仲間のことを知りたいとは思っていたが、
大人であるくろっちはむやみやたらに聞き出そうとするつもりはなかった。
だが、こういうさりげないチャンスは逃さない。
「うん、いいよ。」
「え、プーレのお兄ちゃん??なになにぃ〜?」
小腹が空いたのか、エルンはパササ共々葉っぱにくるまれた団子状のものを食べている。
エルンの声に振り向いたロビンとミルザは、見慣れない食べ物にびっくりして目を丸くした。
「それはいったい何ていう名前の食べ物なの?」
『ミュフミュフ〜★』
「ぼくたち動物とか魔物が作ったりする、保存用の食べ物なんだ。
葉っぱでくるんだのとか、氷でカチンコチンにしたのとか色々あるんだって。」
「(僕も時々食べるよ。干した果物を野菜でくるんだやつだけどね。)」
他の動物と同様、チョコボも基本的に料理をしない。
だがミュフミュフは例外のようだ。
「ふーん。あ、そーいえば前知り合いのゴブリンが言ってたな。
ぜんっぜん見た目が違うからわかんなかったぜ。」
ミュフミュフとは、あくまで彼らの保存食の総称。
だから、一口に言っても調理法から材料までばらばらだ。
そのためチョコボが作ればチョコボのミュフミュフ、
ゴブリンが作ればゴブリンのミュフミュフといったように区別して呼ばれる。
ちなみに保存食のバリエーションが豊富な人型の種族等でも、
動物たちや魔物の方はミュフミュフと呼んでいる。つまり、干物も人間のミュフミュフ。
「食べるー?」
「おれはやめとくぜ。前、ゴブリンからもらったやつ食ったら腹下しちまったから。」
友人が人間に留まらないロビンは、
以前ゴブリンのミュフミュフでひどい目にあったため断った。
「え〜、コカトリスの肉おいしいよ〜?」
「馬鹿野郎!殺す気かよ!?」
冗談じゃないといわんばかりの剣幕でロビンが怒鳴った。
ミュフミュフは、このように人間には毒がある材料を使う事もある。
きちんと中身を確認するのがベターだ。
参考までに述べるなら、コカトリスの肉が入ったミュフミュフは食べると体が猛毒に冒させる。
「ったく……お嬢ちゃんはこっち食ってた方がいいぜ。」
ロビンが自分の荷物袋から干した果物を取り出した。
保存が利く上、甘いものは疲れたときに食べるとすぐ元気が出てくるので、
彼も多少なら常に携帯している。
「あ、ありがとうございます。」
ミルザは礼を言ってそれを受け取り、少量口に放り込む。
「で、ちょうどつまみで腹ごしらえも出来るし……さっさと話を本題に戻そうぜ。」
子供らの相手をしていて、本題にまっすぐたどり着いた試しは無い気がする。
強引にでも話を変えないと、永遠にミュフミュフの話題につきあわされかねない。
「えーっと……。」
軽く言うつもりだったプーレは、聞く気満々の場の雰囲気で引き気味だ。
だが、言うと一回約束してしまったので引っ込みがつかない。
教えないと、今日一日パササとエルンに問い詰められるだろう。
こんな雰囲気だと気が進まないが仕方がない。
腹をくくったプーレは、仲間に自分の身内話をする事にした。
大好きな兄をみんなに知ってもらうのも、いいことだろう。



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ミュフミュフ。(何)あんまり食べたくない料理その1です。
中身を教えずにそのまま渡そうとしたパササやエルンも悪魔ですが。
食べちゃったらどうする気だったのやら。
次は、今まで忘れ去られていた(ひでぇ)プーレの兄さんの話で。
ちなみに題名は……船が氷だけで出来ているからというだけの話。